
スカートの裾纏り縫いスイートピー /中野みどり
2月も半ばになり、春の訪れが待ち遠しいです。
花屋さんやスーパーで売られている春の花を眺めています。
基本的には和花や草の花が好きなのですが、子供のころから親しんだスイートピーやチューリップ、パンジー、デージー、マーガレット、フリージアなど、時々買って部屋に飾ります。
画像は、先日スーパーで、スイートピーが1束だけ売れ残っていて、求めました。香りも良く、何かウキウキ楽しくなる花です。
スイートピー、スイトピー、どちらを使いますか?
私はスイートピーと子供のころから言っていましたが・・。
英語名で「Sweet pea」 なので、その発音に近いのはスイートピーですが、両方使われているようです。
掲句は、数年前にスカートの裾上げをしている時に作った句です。一応俳句大会で入選した句です。(^<^)
俳句の下五は一字、字余りになりますが、固有名詞はOKなのでスイートピーを使いました。
さて、昨年4月から1月まで、7回の講座を1セットとし、「紬基礎コース」として開催しました。今期も遠方からも熱心な参加者もありました。ご苦労様でした。
後半、体調を崩された方、お身内のご不幸が続いた方があり、残念ながら全員が修了とはいきませんでした。人生はいろいろなことがありますので、また来期、ご都合が合えばご参加いただきたいと思います。
4名の方は、最終回まで皆勤の参加となりました。ありがとうございました。
そこで、7回を振り返っていただき、レポートを提出してもらいました。
知識も大切ですが、私は感性を目覚めさせることのほうがもっと大事だと思っています。刷り込まれた情報を一度捨てて、無垢な目、気持ちで臨んでもらいたいと初回にもお伝えしました。
こちらもなるべく五感に働きかけるような、自然光の中で実際に見てもらう、触れてもらう、繭から糸を繰る時の、「当たり」を感じてもらう、植物の匂いをかいでもらう、機の音を聴いてもらう、指先を動かしてもらうなどの内容にしています。
私たち日々の暮らしの中、料理すること、ものを作ること、文字を書くこと、歩くことも、自然に触れることも少なくなり、ネットや、SNSの自分の好みの情報、あるいは行動データに基づいたアルゴリズムに導かれ、多数へ流れ、流される。
今回の衆議院選挙もそういったデータに基づく投票行動がみられました。
AIも当り前のように活用され、恐ろしいことに戦場でも使われています。
調べ物もまずAIが顔を出します。自分で調べたり、迷ったり、試行錯誤したり、人には大事な時間のはずです。
さて、そんな中、糸から作り出す手仕事だの、生木のチップから作る草木染だの、洗い張りの度に風合いを増す紬の着物を愉しむとか、優雅なこと(!?)を学びに来る人はよほど恵まれた人たちと思われてしまいそうですね。
しかし、紬塾の内容は紬織の知識だけではなく、手つむぎ糸の紬織りを通して、私たちは着物とどう向き合へばよいのか―、どう生きればいいのか―、というところまでを学び、実践に繋げていく講座です。
受け身ではなく、自分で考える機会をつくれればよいと思っています。
塾に参加してくださったみなさんが、自分で感じたことを自分で考え、自分の言葉で綴って下さっています。
表現はそれぞれ違いますが、講座の熱気、真剣さが伝わってくる内容だと思います。
紬塾のエッセンスだけでも共有していただければ幸いです。
26年度も開催の予定ですので、ご興味のある方は、是非お読みいただきたいです。
3/6(金)から受付を開始します。
以下、4名の方のレポートです。
少し長文もありますが、お時間があります時に、じっくりお読みいただきたいです。
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わたしが「紬きもの塾」に参加したきっかけは、2014年に宗廣力三生誕百年記念展で先生の作品を拝見したことです。
門下の染織家作品が一挙に揃う貴重な展示でした。着尺を中心に紬の素敵な織物がたくさん並びます。わたしは目を皿にして展示会場を一点も見逃さないように端から拝見して行きました。その中に他とは何か違うと感じる作品がありました。触れることはできないので目視での感覚ですが、紬の糸のタテヨコの配置と織りの打ち込み具合がなんて美しいのだろうと思った記憶があります。その作者が中野みどり先生でした。紬きもの塾を知ったのはそのときです。直ぐにでも伺いたかったのですが、仕事の関係で今期まで参加が叶いませんでした。
記念展では平型展示で拝見した先生の作品を、今塾の初回で羽織らせていただいた時間が忘れられません。4月の昼下がり、室内に射し込む自然光で視る草木の色、纏ったときに布が体にやさしく寄り添う心地よさは新鮮な驚きでした。着物は2点で、いずれも淡いピンク系と黄色系の色合いです。姿見に映る自分がいつもより凛としながらも物腰柔らかく上品に見えるのは何故でしょう。きものをあてると、どなたの肌色も血色よく高揚して見えるのが不思議でなりませんでした。
わたしは、第2回「糸、色、織」を一番楽しみにしていました。このときのお話は思い返すたびに胸が高鳴ります。煮た繭から糸が繰りでる様や真綿が糸になる体験、繭糸の波状形と光の乱反射についての内容です。わたしの勝手な理解で不相応ですが、先生は糸や草木が持つ特性を深く観察なさって、それが製作工程で失われないよう細部に気を配りながら布に表出するよう導いていらっしゃるのだと感じました。特性を実体化させることは簡単ではありません。その骨子を惜しみなくお話くださることに敬服いたしました。そして、織りという制限のある表現方法の中で、思い通りに管理できない糸や草木の色を組み合わせる妙理が紬にはあるのだと思いました。
最後になりますが、講座では日常の始末から社会に向けての眼差しについてもその時々にお話しいただきました。そのつど、わたし自身の日常に照らし合わせ考える機会となりました。きものを着る楽しさも思い出しました。所有するモノは、ひいては自分を映すというお話は常時こころに刻みたいです。
個人的なことですが、わたしは中年者となりこれから後半の人生をどう生きるか摸索している最中です。このようなタイミングで紬きもの塾に参加できたことは幸せでした。得られたことを指針に、いつか体現できるよう日々を過ごしたいと思います。(蚕糸館・東宣子)
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私にとって「きもの」とは、心を穏やかにしてくれて、いつもと違う自分にしてくれる大事なもの でした。しかし、「きもの」についての知識は全くの素人、着付けも習ったことはあっても半人前。大好きな「きもの」に対して後ろめたさも感じていました。
そんな折、ふと中野みどり先生の「紬きもの塾」を知りました。着物のことを知ることができるチャンスだと思いました。少しでも今より 一歩前に出たい、変わりたいと思い連絡を入れました。しかし、受付はまだ先とのこと。とても待ち遠しかったのを覚えています。
そして、先生のもとに通うこととなり、何より感慨深かったのは 紬の知識を知ることはもちろんですが、私の大好きな幸田文の『きもの』を通して、先生のお話を聞くことができたことでした。
文章の内容が先生の経験してきたこと、実践していることと重なり、本の内容が膨らんで、とても心に残る時間となりました。時に、先生の話が母と重なり、「も のを大切にすること」「生きたお金を使うこと」「身ぎれいにしてだらしなくしないこと」など、母 が口うるさく言っていた言葉がとても大事なことであることを示してくれていたことに気づきました。
この塾では実際に糸を見せていただき、繭から命をいただき、自然の色に触れて「紬のきもの」とはなんと美しいものなのだろうということを改めて教えていただきました。
回を重ねるごとに、美しいものとは何か自分の中で決めていく、身体感覚をよみがえらせるという 先生の言葉がとてもしみてきました。
少しでも着やすいように、半襟付けの仕方、着物のたたみ 方、管理の仕方、着付けの仕方、私たちが着物生活を始めたときに困らぬよう、一つ一つ丁寧に指導していただきました。
特に、基本中の基本である運針の仕方を学べたことはありがたかったで す。布にあった針を選び、指ぬきを使い、布を動かすこと。先生に見せていただいた手業はとても美しく、素早く、無駄のない的確な動きでした。最初は、指ぬきに針を当てることすら難しく、さ らに針は親指と人差し指で挟むように持ちながら上下に動かし、その針の動きとは反対に左手で布を上下に動かす。
初めての縫い目は、それは縫い目といえるものではありませんでした。しかし、先生は優しく「運針は練習が大切。そして布を大事に使い切ることも大切。」と諭してくださいま した。
その言葉に励まされ、なんとかあずま袋を完成させることができました。それも、先生のア ドバイスで赤い糸で端を縫ったのですが、さらしの白に映えて、それがとても素敵なアクセントと なりました。
針目は不揃いですが、そこがまた自分としてはとても愛おしく、嬉しくて。私に、手を動かし物を作る楽しさ、布を決して粗末にしてはいけないこと、手を動かすことで味わう穏やかな時間を教えていただきました。そのあずま袋は、毎日私を励まし和ませてくれています。
私の周りにはそんなことを教えてくれる人はいなくて、先生からあふれる言葉を一言一句、逃してはいけないと思いながら毎回受講してきました。あっという間の時間でした。
日常生活はもちろんですが着物を着ていくうえで、これからも自然の恵みに感謝して、美しいもの を大切にしていきたいと思います。
受講の合間の休み時間にかわす会話もとても楽しく、一緒に受講した皆様の思いやりに触れる素敵な時間でした。
自分を見つめるチャンスをいただけた先生と、一緒に受講できた皆様に感謝しています。ありがとうございました 。( A.M.)
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私はこの「紬きもの塾」でいくつもの気づきを頂きました。
■ものの本質を見ることの大切さ
例えば美しい織物であってもその用途に見合った織り方になっているか。生地の密度は適度であるか。密度が高すぎれば、体のラインに沿わず、肌当たりもきつくなり着心地が失われてしまいます。
手織りだから良い、デザインが素敵だから良いというのではなく、どんな場面で、どのように身に纏う「衣服」なのかを考えて手にすることの大切さです。
■型にはまらない
現在では日常的に着物を着る方は少なく、街中で着物姿を見かけることもあまりありません。そのため手本、参考とするものが乏しく私自身、着方1つ、色合わせ1つ、小物1つ、どう合わせてよいのか考えすぎてしまいます。
しかし着付けにしても綺麗に着るために外せないポイントはあっても、あとは自分がいかに着心地良く着られるかを考えて工夫をすればよい事。色合わせについても洋服と同じ視点での見立てではなく、もっと自由に好きな色を取り入れて良いということを教えていただきました。
先生の着尺に帯や帯揚げ、帯締めを、季節や着る目的、好みなどで取り合わせるワークショップは、受講者の個性が垣間見えて楽しい時間でした。正解、不正解はないけれど調和がとれた時の各アイテムの収まり具合にはしっくりくるものがありました。
これだけは避けた方がよいポイントを伺い、バランスのとり方、あわせ方の新しい視点を教えていただきました。
無意識に持っていた洋服における色バランスの概念を取り払い、もっと自由に好きに選んで良いのだと教えていただき、それまでのこうでなければいけないといった思い込みから解放され、肩の力が抜け、より着物を身近に感じ着ることが出来るようになりました。
私の拙い文章では、学ばせていただいたことをここでは書ききれませんし、十分にお伝えできませんが、この紬塾を通して、私はますます「着物」に対して愛情を感じるようになりました。
養蚕家が一生懸命に育てた蚕から糸を頂き、染織家の技と想いが込められ一枚の布となり、和裁士の手で自分の寸法に合わせた着物となる。そんな日本の誇れる手仕事の結晶である着物が多くの人に愛され、大切にされて欲しいと改めて強く感じています。
このような学びの機会を下さった中野先生と、一年間同じく着物を愛する参加者の方たちと学びの時間を共有できたことに感謝しています。ありがとうございました。(I.M.)
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「なぜ生まれて今まで当然のように洋服しか着てこなかったのだろう。なぜ洋服の生活に疑問を持たなかったのだろう。かつて日本人は日常を着物で過ごしていたのに」ひとりで着物を着ることができるようになり、忽然と疑問がわきました。そしてこの疑問に向き合うために「一年間洋服を着ない、毎日着物で過ごす」という発想にいきついた頃、立ち寄った帯のアトリエ『花邑(はなむら)』で中野みどり先生の帯揚げ作品に出会いました。草木染めによる繊細で饒舌な色彩の美しさに圧倒され、長い時間手に取り、眺め、数枚を購入しました。それから一年が経ち、自らに課した「一年間毎日着物を着る」誓いをクリアしたため、「三年間毎日着物を着る」にアップデートしたころ、先生の帯揚げに会えるのではと再訪した『花邑』で、先生の帯の作品に出会い、その時、店主の杉江さんから「紬きもの塾」のことを教えていただきました。「こんなすごい帯揚げや帯を生み出す方の思想に触れてみたい」と迷わず申し込み、幸運にも16期生定員最後のひとりとして参加することができました。
中野先生の作品が生み出される空間、床の間には季節の花が丹精な造形として生けられ、掛け軸とともに設えられており、「この場所からあの美しい織物が生まれてくるのだ」ということの臨場感が強く印象に残りました。先生は暑い日でもクーラーは室温 32 度まではお使いにならないとのこと。環境のことを考えてクーラーを制限してお使いになっているのだと思います。このように丁寧な日々の積み重ねが先生の作品を形作るベースにあるのだということを学ばせていただきました。ガラス扉から庭の桜の木や草花の見える仕事場には、ところ狭しと織機が置かれています。この場所で生息する草木たちをあの帯揚げの美しい色彩へと変化させる神秘的な行為が、このような日常の中から生み出されるのだと知れたことは、私にとって特別な体験でした。ひとりで完結することでしか成し得ない、仕事への厳しさを知ることによって、その織物が醸す唯一無二の存在感の理由を知ったように感じています。
先生のお言葉は簡潔で、装飾的なこと、無駄なことはいっさい語られません。時に熱く語られる平和憲法の問題、環境問題、着物を取り巻く現状に対する批評的な視点、高潔な考えとお言葉には「怒り」があり、アーティストとしての、本質家としての信念を見せていただきました。
7回という限られた時間の中でしたが、着物の深淵な世界の表面を広く横断し、重要なことを教えていただきました。「紬は洗い張りをするとさらに良くなる。良く織るための織物、糸を生かした織物」「自然界の多くのものには黄色系とピンク系の色が潜んでいる。このニ色が基本の色」「モノを見る力は知識ではない。自分が見る力をつける。美しいものは何なのか、その時の感動をずっと持ち続けている」「自然物と人間の手が合わさって創り上げたもの」「紬は民のものなので身近なもので染める」「蚕の糸のウエイブが重要。糸のウエイブのことは忘れないで。それが風合いのもと」…教えていただいたその広がりの中で、その深さに対してアプローチしていけたらと思っています。私自身が三年間は毎日着物を着ると決めたニ年目でのことでしたので、「みんなが着物を着れば良い。文化を残していくのは市民がひとりひとり参加すればよい」と、日常に着物を着ることの重要性を語られる先生のお話は今の自分の日常感覚と重ねることができ、確信につながりました。中野みどり先生のご専門である「紬、きもの」の教えを通して自分の生き方を見つめ直し、「今の時代をいかに生きていくか」考える機会を与えていただいたことが、「紬きもの塾」での学びだったと思います。(H. K.)
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